🔷 未来ビジョン会議から見た「ムーンショット計画」の位置づけ
1) ムーンショットは「国家の未来構想」である
ムーンショットは、
上からの未来創造、
つまり 政府と大規模研究機関による未来の描き方 です。
未来ビジョン会議はそれを理解したうえで、
この立場を明確にします👇
国家が描く未来は重要であるが、
それだけでは不十分である。
政府が描く未来は
しかし、未来はそれだけでつくられない。
未来は
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文化
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感情
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価値観
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市民の感覚
-
生き方
からも形づくられる。
つまり、
政府の未来 と 市民の未来 の両方が必要。
2) 未来ビジョン会議は「市民のムーンショット」である
ムーンショット:
未来ビジョン会議:
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市民が語る未来
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子どもでも言える未来
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老人が語る未来
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感覚で話す未来
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技術ではなく「希望」から始まる未来
位置づけとして👇
未来ビジョン会議は
「市民の未来想像力のムーンショット」
である。
3) 未来ビジョン会議はムーンショットを批判しないが、依存もしない
スタンス👇
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ムーンショットに期待はする
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しかし盲目的に信じない
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過大評価もしない
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過小評価もしない
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それに未来を任せきらない
未来を国家プロジェクトに委ねるのではなく、
私たちも未来創造の主体である
という意識を持ちます。
4) 「誰が未来を決めるのか?」という問い
非常に大事なのはここ👇
政府の視点:
未来は計画し、実行し、管理するもの
未来ビジョン会議の視点:
未来は語り、共有し、感じるもの
政府の未来は
制度中心
未来ビジョン会議の未来は
人間中心
5) 未来ビジョン会議は「生活者の視点」を取り戻す
ムーンショットは
2050年に「人間が身体・脳・空間・時間の制約から解放される社会」
を掲げていますが、
私たちはこう問います👇
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本当にそれを望むのか?
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何から解放されたいと思うのか?
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その未来で人間は幸せか?
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発達した未来でも人間関係は豊かか?
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技術と心のどちらが成長しているか?
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「人間である」という意味は深化しているか?
つまり👇
ムーンショットが描く「人間像」を、
生活者の目線で再考する。
6) ムーンショットは技術の未来
未来ビジョン会議は感情の未来
それぞれの役割は異なる👇
ムーンショットの領域
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AI
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ロボット
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バイオテクノロジー
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自動化
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医療技術
未来ビジョン会議の領域
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人間観
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生き方
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幸福感
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共感
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共同体
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精神性
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文化
両者は競合しない。
むしろ補完関係である。
7) 未来ビジョン会議からの公式的見解
(公式声明として使用できます)👇
日本の未来は、国家の構想だけでつくられるものではなく、
市民の想像力、生活者の感覚、多様な価値観の積み重ねによって形づくられる。
私たちはムーンショットの存在を理解しつつ、
それと並行して、市民自身の未来を語る文化を育てる。
国家の未来が「技術」によって描かれるなら、
市民の未来は「感情」「希望」「関係性」によって描かれる。
未来ビジョン会議は、市民主体の未来創造ムーブメントである。
8) 最終結論
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ムーンショットは国家のトップダウンの未来
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未来ビジョン会議は市民のボトムアップの未来
未来は
両者の間で 対立するのではなく、対話する
べきものです。
そして
未来ビジョン会議の役割は👇
国家の描く未来を
市民の視点で問い直し、
市民の未来観を育て、
未来を「共有できるもの」として作っていくことです。
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