青年の心の窓

悲しみの時

今までで一番悲しかった日の話をしよう、、

 

会社を清算する時に子供たちに倒産劇を見せたくなかった、、

 

ちょうど長女は東京で大学生次女も大学受験三女も高校受験、、

 

だから三女に関東の高校受ければと言った、、

 

本人もその気になって一次志望は落ちたけど二次志望には無事受かった、、

 

それで徳島で4トントラック借りて家内と二人で家財の引っ越しをした、、

 

高速道路でめちゃくしゃ喧嘩した、、

 

そりゃそうさお金が無くなったら夫婦は喧嘩になる、、

 

お互い一杯いっぱいになる、ある意味しようがないことだった、、

 

私は家内に言った、、

 

「どうして離婚しようといっても、うんて言わないの、、」

 

「だってそう言ったら本当に終わってしまいそうな気がするから、、」

 

「そうか、、じゃぁもうお互いの悪口を言うのはやめよう、、」

 

それから家内の実家について、プログラミングスクールの卒業生も手伝いに来てくれて、、

 

家具を何個も家に運び階段の狭いところもなんとか運び上げた、、

 

一緒にお店で晩御飯食べて彼といろいろ本音ではなした、、

 

そして一人で徳島にトラックで帰ることになった、、

 

その時の家族写真が残っている、、

 

私の顔は切なげで儚くて悲しそうで寂しい顔をしていた、、

 

どれくらい走っただろうか、、

 

もうこれで娘たちも含めた家族で一緒に住むことはない、、

 

普通の家族より、自分の思っていた時間より、3年短くなってしまった、、

 

そう思うとずっとずっと涙が溢れてきて、、

 

悲しくて寂しくてずっと泣いていた、、

 

メータも滲んでいた、、

 

 

 

 

燃料計の赤いランプが光っていた、、

 

もうガソリンがない、まるで人生の灯が消えるかのような気がした、、

 

 

 

いやだめだ、家族の為に生きるんだ、、

 

そう思って我に返った、高速のインターチェンジに入ってJAFを呼んだ、、

 

1時間くらい経ってガソリンを10リッター入れてもらった、、

 

1万円強だった、泣きっ面にハチとはこのことよ、、

 

逆に良かったのかもしれない、くよくよしてばかりいられない、、

 

父ちゃん稼がなきゃなとまた身が引き締まる思いだった。

 

まだまだ私の涙の物語は続きます。