|
2060年——
労働制度の根幹を揺らす改革が行われた。
その名も
《意志選択労働制度》
AIによる高度業務自動化と
社会保障制度の安定により、
「やらなくても生存は成立する」
という現実が確立した。
これに対し若者世代の言葉は明確だった。
「やりたくないことはやらない。」
この言葉は
怠惰ではなく
反抗でもなく
逃避でもない。
むしろ
意志の定義
責任の選択
人生の主権化
その象徴となる言葉だった。
◆ 1. ミナトの決断
ある日ミナトは
会社から新プロジェクトの提案を受ける。
AI評価は高い。
収入も上がる。
社会評価も高い。
安定性最高クラス。
上司は当然こう言う。
「ミナト君、これは好機だ。やるべきだ。」
しかしミナトは言った。
「僕はやりません。」
驚きが走った。
上司は問い詰めた。
「なぜ?」
ミナトは静かに答えた。
「その仕事は僕が意味を持たないからです。」
◆ 2. 「やりたくない」の理由は説明義務になった
意志選択労働制度では
■ 拒否権
■ 意志説明義務
■ 選択履歴記録
がセットになる。
ミナトは記録にこう書いた。
■意志拒否理由
「その仕事には僕が関わる必要がない。
僕の痕跡が未来に残らない。」
これは評価としては最悪の説明だ。
しかし
制度担当者はこう記載した。
《意志起点の明確化による選択力の証明》
つまり
“やらないと決める”
は
“責任を手放す”
ことではなく
“責任の対象を明確にした”
ことになる。
◆ 3. 他の若者たちも動いた
同世代のレンはこう言った。
「やりたいことを始めるためには
やりたくないことをやめる必要がある。」
アオイは言った。
「意思が入っていない行動は
仕事の形をしていても仕事じゃない。」
ソラは言った。
「やりたくないまま続けたら
未来の責任が嘘になる。」
大人たちは戸惑った。
しかし会社は
彼らの意思の質に気づき始めた。
◆ 4. 行政の報告書はこう発表された
《意思の欠落した行動は
継続率・貢献度・履歴形成能力ともに低値となる》
つまり
やりたくないことは
続かない
改善されない
未来につながらない
「正しい努力」ではない。
◆ 5. 逆に浮かび上がったのは
「どうしてもやりたい人」
の存在。
社会はそこを中心に動いた。
誰かが心からやりたいと思う仕事は
その人の責任になる。
責任を持てる人は
未来の受け皿になる。
すると
結果として社会効率は下がらず
むしろ精度が上がった。
◆ 6. しかしこの制度には落とし穴があった
AIが示した課題。
《やりたい理由を持てない人は
仕事を始められない可能性がある》
つまり
やりたくないことを放棄しても
やりたいことが見つからない
層が現れる。
その人たちに必要になるのが
「やりたい理由を育てる支援」
だった。
そこで初めて
-選択支援者
-経験伴走者
-意志形成教育
が制度化された。
◆ 7. ミナトは気づく
夜
街灯の下で独り言。
「やめるって、終わりじゃない。
未来を別の場所に置き直すことなんだ。」
そして、その行為は
本人にしかできない。
誰にも代行できない。
◆ 第8話の結論
やりたくないことを放棄するとは
-逃避ではない
-拒否でもない
-楽な道でもない
それは
未来との距離を正しく調整する能力
である。
そして、
「続けたい」
を成立させるために
「やめたい」を守らなければならない。
それが
2060年の大人たちの姿だった。
――第8話 完――
次は
第9話:都市が透明化したあとに始まる陰影文化
です。
|