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2039年、
犯罪率が過去最低を記録した。
ニュースの見出しはこうだった。
《犯罪予測制度の完全導入》
《発生前の行為を抑止成功》
主人公・森江レイは
その報道を見ながら違和感を覚えていた。
犯罪がなくなったわけではない。
発生する前に抑え込まれるようになったのだ。
1. AIは“まだ起きていない危険”を検出する
制度名は
《行動予兆監視モデル》
個人の
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行動パターン
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心拍変化
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反応速度
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SNS検索履歴
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発話内容
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睡眠周期
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空間移動ルート
これらが監視され、
AIはこう判定する。
【明日以降に暴発的行為の兆候あり】
その瞬間
「安全担当者」が訪問する。
本人は犯罪を“まだしていない”。
しかし問いかけられるのだ。
「何を考えていますか?」
「その行動の目的は?」
2. 罪ではなく“兆し”で捉えられる世界
レイは衝撃を受けた。
未遂すらないのに指導が入る。
それは
未病に似ていた。
病気になる前に治す。
同様に
犯罪になる前に止める。
だが、決定的な違いがある。
病気は本人の肉体
犯罪は本人の意思
AIは「意思の芽」を摘む。
3. 意思に疑問符がつく社会
たとえば
深夜に重い金属部品を検索すると
通知がくる。
誰かのSNS投稿に激昂した履歴が残ると
通知がくる。
ストレス指数が高いと
通知がくる。
通知の内容はこうだ。
【あなたの行為は安全領域から逸脱しています。
行動推奨:深呼吸・休息・第三者対話】
犯罪防止は成功した。
が――人々は怯え始めた。
自分の意思が
「監視対象化」する恐怖。
それは
自由の完璧な逆側だ。
4. レイが見た悲しい出来事
ある日、レイは
AIに訪問されている若者を目撃した。
その若者はこう言う。
「ただ…誰かを殴りたい日ってあるだろ。
何もしないけどさ。」
安全担当者が言った。
「その衝動を危険因子として処理します。」
そして若者は泣いた。
レイは思った。
“人の衝動は罪ではない。”
5. 衝動の価値
レイは診察カウンター(現在は相談窓口)に座り
心理支援担当に言った。
「衝動って悪いものですか?」
担当者は静かに言った。
「衝動そのものは、
人間の最も生命的な反応です。」
「ただし今は、その衝動を
未然につぶす社会になっています。」
レイ
「では、人はどう発散するのですか?」
担当者
「発散しなくなりました。
安全で静かな方向に均されていきます。」
それは
「安全」ではあるが
「生」ではない。
6. 犯罪はなくなった
しかし“強さ”も消えた
怒り
嫉妬
対立
破壊
衝動
叫び
それらは
危険因子として削除されていった。
しかし同時に
勇気
突破力
守る意思
戦う意志
も落ちていった。
レイは日記にこう書いた。
“安全は、生を細くする”
人間が備えていた
荒ぶる感情は
抑制されるより先に
削除されていた。
7. レイの結論
犯罪は悪だ。
しかし衝動は生だ。
法律は抑えるべきだが
感情は存在するべきだ。
そして最後にこう書いた。
行為する自由は制限できるが
意志する自由は制限すべきではない。
安全とは
生存の条件であって
幸福の条件ではない。
――第8話 完――
次は
です。
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