未来の金魚すくい

第2話 スマホで育つ金魚(2036年)

俊真(しゅんま)があの夏祭りで泣いてから8年。

2036年、金魚は「持ち帰らない命」へ進化していた。

政府指導により、生き物を家庭で適切に飼育できない子供向けに
新しい飼育方式が導入されたのだ。


◆《クラウド水槽》制度

スマホやARグラスから
“自分の金魚”が見える。

水槽は存在しない。
掃除も餌やりも自動処理。
温度も管理不要。
命は失われない。

名前もつけられる。

俊真は今年掬った金魚を
「ゆら」と名付けた。

画面の中で尾が揺れる。


◆ クラウド水槽の特徴

育てるというより
鑑賞と学習に寄せられた。

● 餌:タイマー式自動配布
● 温度:最適化状態を維持
● 健康状態:常時良好
● 死亡確率:0%

子供達は歓声を上げた。

「死なないなら嬉しい!」
「育てられなくても安心!」

親も喜んだ。

水漏れなし。
匂いなし。
手間なし。

完璧な“飼育体験”だった。

しかし俊真は画面越しに言った。

「死なないって、育ってるって言えるの?」


◆ 学校でもクラウド飼育が始まる

小学校では
「命の観察」としてAR水槽が採用された。

教師は言った。

「皆さんの金魚は
毎日一ミリずつ成長していきます。」

子どもは喜んだ。

しかしある時、俊真は違和感を覚えた。

画面の中の金魚は
昨日も今日も
健康で
穏やかで
水底に沈まず
跳ねすぎず
同じ速度で泳ぐ。

変わらない。


◆ 父の店に行く

祖父の跡を継ぎ
金魚すくい屋は父へ移った。

夜、商店街へ行くと
父の店は昔のままだ。

水の音
ポンプの震え
金魚の影
弱る個体
泳ぎ方の差

そこには
「偏差」があった。

父は言う。

「命ってのは予定通りにならないもんだ。」

俊真は
クラウド水槽の画面を見せた。

父は眉をひそめた。

「育つってさ、
自分が触った跡が残ることだぞ。」

俊真は聞く。

「触って、不安になったら嫌じゃない?」

父は答える。

「不安にならないなら育てる価値がない。」

俊真は
返せなかった。


◆ クラウド水槽に“変化”が起きた日

ある朝
俊真の金魚「ゆら」が表示されなかった。

画面に表示されたメッセージ:


《通信エラーにより金魚の状態保持ができません。
維持データの復元を試みています。》


俊真は慌てた。

画面の中には何もいない。

虚無だった。

その瞬間、俊真は気づく。

「僕は何もしてなかったのに
失った気がした。」

手触りのない喪失。

心にだけ穴が空いた。


◆ 結果

復旧ログにより
金魚データは戻った。

しかし俊真は
その時代の金魚が持つ“脆さ”を知った。

実物は触れると怪我する。
でも存在は確か。

クラウド金魚は壊れない。
でも突然消える。

俊真は日記に書いた。

「手が届かない命は
守れない。」


◆ 夜、祭りの帰り道

祖父の一言を思い出す。

「掬えないことが大事なんだ。」

あの時は理解できなかった。

今は少しわかる。

俊真は
画面越しの金魚を見つめる。

本当は
冷たい水に触れたかった。

濡れた手を拭きながら
悔しがりたかった。

すくった後に
責任を持ちたかった。


しかし
時代は変わっていく。

俊真は決意する。

「次は、本物をすくう。」

その意思だけが
手触りとして残った。


――第2話 完――


次は

第3話:人工生命金魚の登場(2044年)