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2092年からさらに8年。
2100年。
俊真(しゅんま)は74歳になっていた。
この年、多くの技術が安定し
人の生活は最適化され
金魚は「何でもできる存在」になっていた。
●都市を映す
●記憶を持つ
●声を返す
●設計できる
●死なない
それは
完成された金魚の姿だった。
しかし――
人々はそこへ
飽和を感じ始めた。
◆ 新しい議論が起きる
学会テーマはこうなった。
《金魚に何もさせないという価値》
つまり
金魚が社会的機能を持たないこと
金魚が何も返してこないこと
金魚が意味を提示しないこと
それ自体が
「必要だ」と唱えられ始めた。
沈黙の価値が再び見直されたのだ。
◆ 国家認証制度
《原種回帰型生体流通》
通称:
素の金魚制度
特徴は簡単。
●変異なし
●記録しない
●応答しない
●都市連動なし
●寿命(約3年〜7年)
つまり
“失われていた普通の金魚”が
再認可された。
それは
最新技術と真逆の存在。
しかし申請数は
急増した。
◆ 再び現れた屋台
そして夏。
許可区域で
伝統形式の金魚すくいが復活した。
輝く提灯
揺れる水
破れやすい紙
水気を含む網
逃げる命
俊真は
ふらりとその屋台へ立った。
店主は若い女性。
父の弟子筋に当たる世代らしい。
女性は言う。
「掬えなかった人には
少しだけアドバイスしますね。」
俊真は笑う。
それは父の口調と同じだった。
◆ 子どもがポイを濡らす
小さな男の子が
逃げ回る金魚を追い
ポイを深く差し込んで破った。
泣いた。
俊真は思った。
(ああ、この感じだ)
水に濡れた手
濡れた浴衣
赤い光に映る涙
全部が鮮明だった。
店主は笑い
小さな声で言った。
「泣いてくれてありがとう。」
泣くことは
失敗の証明ではない。
触れた証拠だった。
◆ 俊真も挑戦した
手を冷たい水につける。
視界が歪む。
紙がふやける。
俊真は思う。
(これは、覚えている)
金魚を追う。
そして掬えなかった。
手に残ったのは
濡れた紙片。
俊真は笑った。
失敗すると
時間が残る。
◆ 店主が言う
「この金魚、長く生きないかもしれません」
俊真は返す。
「それが普通です」
店主
「はい。だから、お渡しできるんです」
俊真は
胸の奥が熱くなる。
命は
永続ではなく
消失を前提にしている。
だから価値がある。
父の言葉が蘇る。
「終わるから思えるんだ」
◆ 夜道
帰り道
俊真は空を見上げる。
都市の照明は静か。
町の音は遠い。
ポケットには
濡れた紙。
何も掬えなかった証明。
それでいい。
俊真は日記に書いた。
「命は短いから考える。
終わるから触れる。
なくなるから責任になる。」
「未来に残すべきものは
機能ではなく
触れた痕跡だ。」
そして最後にこう締める。
「金魚はただ泳いでいればいい。
意味は人が決めればいい。」
その夏
俊真は涙を落とした。
それは悲しみではなく
触れられる未来が
まだ存在しているという
救いだった。
――第10話 完――
これにて
「未来の金魚すくい」全10話 完結となります。
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