未来の金魚すくい

第10話 ただの金魚に戻る(2100年)

2092年からさらに8年。
2100年。
俊真(しゅんま)は74歳になっていた。

この年、多くの技術が安定し
人の生活は最適化され
金魚は「何でもできる存在」になっていた。

●都市を映す
●記憶を持つ
●声を返す
●設計できる
●死なない

それは
完成された金魚の姿だった。

しかし――

人々はそこへ
飽和を感じ始めた。


◆ 新しい議論が起きる

学会テーマはこうなった。


《金魚に何もさせないという価値》


つまり

金魚が社会的機能を持たないこと
金魚が何も返してこないこと
金魚が意味を提示しないこと

それ自体が
「必要だ」と唱えられ始めた。

沈黙の価値が再び見直されたのだ。


◆ 国家認証制度

《原種回帰型生体流通》

通称:

素の金魚制度

特徴は簡単。

●変異なし
●記録しない
●応答しない
●都市連動なし
●寿命(約3年〜7年)

つまり
“失われていた普通の金魚”が
再認可された。

それは
最新技術と真逆の存在。

しかし申請数は
急増した。


◆ 再び現れた屋台

そして夏。

許可区域で
伝統形式の金魚すくいが復活した。

輝く提灯
揺れる水
破れやすい紙
水気を含む網
逃げる命

俊真は
ふらりとその屋台へ立った。

店主は若い女性。
父の弟子筋に当たる世代らしい。

女性は言う。

「掬えなかった人には
少しだけアドバイスしますね。」

俊真は笑う。

それは父の口調と同じだった。


◆ 子どもがポイを濡らす

小さな男の子が
逃げ回る金魚を追い

ポイを深く差し込んで破った。

泣いた。

俊真は思った。

(ああ、この感じだ)

水に濡れた手
濡れた浴衣
赤い光に映る涙

全部が鮮明だった。

店主は笑い
小さな声で言った。

「泣いてくれてありがとう。」

泣くことは
失敗の証明ではない。

触れた証拠だった。


◆ 俊真も挑戦した

手を冷たい水につける。
視界が歪む。
紙がふやける。

俊真は思う。

(これは、覚えている)

金魚を追う。
そして掬えなかった。

手に残ったのは
濡れた紙片。

俊真は笑った。

失敗すると
時間が残る。


◆ 店主が言う

「この金魚、長く生きないかもしれません」

俊真は返す。

「それが普通です」

店主

「はい。だから、お渡しできるんです」

俊真は
胸の奥が熱くなる。

命は
永続ではなく
消失を前提にしている。

だから価値がある。

父の言葉が蘇る。


「終わるから思えるんだ」


◆ 夜道

帰り道
俊真は空を見上げる。

都市の照明は静か。
町の音は遠い。

ポケットには
濡れた紙。

何も掬えなかった証明。

それでいい。

俊真は日記に書いた。


「命は短いから考える。
終わるから触れる。
なくなるから責任になる。」

「未来に残すべきものは
機能ではなく
触れた痕跡だ。」


そして最後にこう締める。


「金魚はただ泳いでいればいい。
意味は人が決めればいい。」


その夏
俊真は涙を落とした。

それは悲しみではなく

触れられる未来が
まだ存在しているという
救いだった。


――第10話 完――


これにて
「未来の金魚すくい」全10話 完結となります。