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2060年から8年後――2068年。
俊真(しゅんま)は42歳になっていた。
この頃、金魚は新しい役割を持ち始める。
それは
継承される命
つまり
親が飼った金魚を子に
子が飼った金魚を孫に託す制度。
その名も
《家系継承金魚制度》
◆ 制度の概要
金魚には
最長寿命を保障する人工生命型(LFG)が採用された。
● 最大寿命40〜50年
●病気発症率ほぼゼロ
●世代データ移行可能
●所有者履歴を記録
金魚は家族登録され
“戸籍データ”に紐付く。
一方通行ではなく
代々受け継ぐ。
まるで苗字のように。
◆ 当時の広告
《あなたの家族に、歴史が生まれます》
《人が変わっても命は続く》
《代々の記憶を映す金魚》
どれも魅力的に聞こえた。
しかし俊真は
複雑な気持ちだった。
なぜなら
命が所有ではなく
制度になっていたから。
◆ 都市部の家族
多くの人は言う。
「祖母の金魚を今は私が育てています」
「父の代わりに色が変わったら寂しい」
「引き継ぐって、なんか安心する」
そこには
“安心の血縁感”が生まれていた。
金魚が
人間の家族関係を
継ぎ止める糸になった。
しかし同時に
違う感情も生まれる。
◆ 継承された責任の重さ
ある母親は漏らした。
「死なない金魚って、責任が終わらないのよ。」
ある青年は言った。
「前の世代の履歴がついてくるから
僕の色じゃない気がする。」
金魚は
個人ではなく
家族史の記録になっていた。
◆ 俊真の家の場合
父が残した一匹がいた。
名前はつけない。
父はそういう人だった。
記録にはこうある。
● 生息時間:26年目
●飼育者記録:前任者(不特定)
●性格傾向:深度安定型
●色傾向:淡金赤
俊真は手続きをするか迷った。
継承登録は
次の世代に金魚の権利を渡せる。
だが俊真は
登録をしなかった。
理由はひとつ。
「父が選んだ命を
誰かに引き継ぐ根拠がない。」
誰かが継ぐのではなく
偶然掬った命なのだ。
制度に組み込むと
偶然性が消える。
それを
父は望まなかった気がした。
◆ ある日の子どもとの会話
祭りで来た少女が問う。
「死なない金魚って何がすごいの?」
俊真は答える。
「すごいことじゃないよ。
ただ終わらないってこと。」
少女は首をかしげた。
「終わらないと嬉しいでしょ?」
俊真
「終わるから思えることもある。」
少女は答えられなかった。
だが返事をしないことは
理解しようとしている証だった。
◆ 父の金魚が弱った日
寿命のはずはない。
病気ではない。
ただただ
泳ぎがゆっくりになっていた。
俊真は
「終わりって、規定じゃないんだ」
と理解した。
死なないはずの命でも
弱ることがある。
弱り
沈み
底に落ちた。
誰が見ても
もう終わりに近い。
俊真は水を替え
酸素量を調整した。
それでも金魚は沈んだままだった。
数日後
その命は静かに消えた。
◆ 手続きの案内が来た
役所から通知が届いた。
《飼育者死亡判定が出ています。
新たな継承を登録しますか?》
俊真は画面を閉じた。
登録はしなかった。
父の金魚は
父の時間を生きていた。
それは
誰かの未来に乗せるものではない。
俊真は水槽を磨き
空を見上げた。
その水槽にはもう何もいない。
だが
残っていたのは
水跡
底砂の模様
父の手入れの痕
そして
思い出だけ。
その痕跡こそが
継承すべきものだった。
制度ではなく
人の中に。
◆ 結論
継承できる命は便利だ。
受け継ぐ文化も美しい。
しかし
父の言葉を思い出す。
「命は渡すものじゃない。
触れたあとに残る時間のことだ。」
俊真は日記に書く。
「命は続く必要はない。
触れた時間が残るなら十分だ。」
次の8年
金魚はさらに別の姿に変わる。
――第6話 完――
次は
第7話:金魚の記憶を見せる祭り(2076年)
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