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2036年からさらに8年。
俊真(しゅんま)は18歳になっていた。
金魚は進化した。
ただの観賞魚ではない。
◆ 人工生命金魚《LFG(Life Form Goldfish)》登場
政府技術認定機関による発表。
「遺伝子変異を安定的に制御し
長寿・色変化・体格の安定を可能にしました。」
当時のキャッチコピーはこうだ。
✨死なない金魚
✨色が変わる金魚
✨人格値を記録する金魚
展示会場には
鮮やかな体色の金魚が並んでいた。
赤に青が差す。
金に白が混じる。
まるで光を抱き込む生き物。
人々は感嘆した。
子供は言う。
「ずっと生きてくれる!」
「すごい!」
しかし俊真は
なぜか胸が重かった。
◆ 人工生命の特徴
● 長寿
寿命は概ね30年以上。
●弱らない
病気が極端に少ない。
●色が育つ
持ち主の生活状態で
体色パターンが変化する。
例:
-多忙な人 → 青白い色
-安定した人 → 金色
-人間関係が深い → 赤
つまり
金魚は人間の履歴を映す鏡でもあった。
◆ 俊真は買わなかった
仲間は人工生命金魚を購入する中
俊真は拒否した。
友人は言う。
「死なないなら安心だろ?」
俊真はこう答えた。
「死なない命は、育てている実感がない。」
友人は理解できず笑った。
しかし俊真は
8年前の感覚をまだ覚えていた。
空っぽになったクラウド水槽。
表示不能になった時間。
命に触れたいのに触れられない。
その違和感が残った。
◆ 人工生命金魚のアトラクション
新型の金魚すくいが登場した。
通常のポイでは破れない。
代わりに
触れた人の心拍データや体温から
AIが「相性のよい金魚」を水槽から弾き出す。
つまり
すくうのではなく
選ばれる。
俊真は試した。
手をかざすと――
AI音声が響いた。
《あなたには金色虹鱗型が適正と判定されました》
金魚がせり上がる。
俊真は思った。
(僕が選んだわけじゃない)
そして
受け取らずに帰った。
◆ 父の店に変化が訪れる
父は
人工生命金魚を扱わなかった。
古い水槽
弱る個体
色の揺れ幅
餌の偏り
そのまま扱った。
客は減った。
規制で
許可が厳しくなった。
補助金は打ち切られた。
それでも父は言った。
「弱ったら手当てできる。
無くなったら覚えておける。
それが命だ。」
俊真の胸に
熱いものが溜まった。
◆ 俊真の“拒否”の根源
自宅に戻り
人工生命金魚の資料を開く。
そこには
【寿命30年以上】
【ほぼ死なない】
【精神特性に応じて色が変化】
とある。
俊真は呟く。
「色が変わるのは綺麗だけど
心を映されるのは怖い。」
人工生命は
人間を写す鏡になっていた。
しかし
金魚は元来
ただ泳いでいればよかった。
俊真は思った。
金魚が人間の人生を背負う必要はない。
◆ その年の夏
俊真は
父の店の片隅を借り
金魚すくいの補助をすることにした。
ある男の子が
水面を覗き込み
言った。
「死にそうなやついるね。」
俊真は、
金魚をすくい、
小さな容器に移し
ゆっくり水を足した。
男の子が尋ねる。
「治るの?」
俊真は返す。
「わからない。でも試す。」
男の子はそれを見ていた。
その時間のみ、
命に触れた。
そして
その男の子は言った。
「僕、あの金魚がいい。」
俊真は驚いた。
弱い金魚を選ぶ。
それは
8年前の自分にはできなかったことだ。
◆ 最後の場面
夜
父が言った。
「死ぬかもしれない命を渡すってのは
責任を一緒に渡すってことだ。」
俊真は頷いた。
人工生命は
人生を映す。
しかし
生きてる金魚は
人生を抱えさせる。
その差は大きかった。
俊真は日記を書いた。
「死ぬかもしれない命に触れると
自分の手の温度がわかる。」
その温度だけは
データ化されなかった。
――第3話 完――
次は
第4話:金魚を設計する時代(2052年)
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