シンプルな未来で生きる10の話

第4話 紙で書いた手紙

2112年。

コミュニケーションは
すべて最適化されていた。

AIは話題分析をし、
返答に必要な語彙を抽出し、
相手の心理状態に合わせて
返信の温度を調整する。

人はもう
手紙を書かなくてよかった。

いや、
書く必要がなかった。


◆ 葵の仕事

葵(あおい)は
「返信補助AI」の開発部にいた。

人の言語の癖を解析し
最も刺さらない形で
誤解を生じない返答を作る。

その精度は高く
クレームも激減した。

でもある日、
葵は疲れ果てて家に帰った。

AIが生成した文章を
1日中見続けたせいだ。

完璧だが
同じ香りの返事。

美しいが
温度のない文章。

そこに
人がいなかった。


◆ 引き出しから出てきた一通

祖母が昔書いたハガキがあった。

文字は曲がり
字間は不揃い
書き直した痕跡もある。

でも
読んだ瞬間に泣いた。

祖母は亡くなっている。

しかし
文字の揺れに
祖母の声の震えが残っていた。

“揺れ”は失敗でなく
存在の証拠だった。

葵はその夜
思い立ったように紙を買った。


◆ 葵は書いた

ペンを握ると
うまく文字が出ない。

強く押せば滲む。
弱く押せば線が薄い。

AIなら0.0001秒で完璧に書ける文を
葵は15分かけて一行ずつ書いた。

便箋は少しぐしゃっと折れた。

葵はそのまま封筒に入れた。

相手は幼なじみの玲(れい)。

最近
返信がすべてAI化していた友人。


◆ ポストに入れる

指先から離れる瞬間
不安が生まれる。

(変な文字じゃないか
伝わらないんじゃないか
間違えた文法が恥ずかしい)

その不安こそが
手紙を成立させていた。


◆ 6日後

返事が届いた。

玲の字は
以前より雑で
線が滲み
曲がっている。

読みながら泣いた。

手紙には
こう書いてあった。


「あなたの字を見たら
AIじゃ返せなかった」

「届く時間が長いって、安心するね」


葵は悟る。

手紙には
「届くまでの時間」が含まれている。

返信が遅れることが
丁寧さになることもある。

待つ時間が
関係そのものになる。


◆ 葵のメモ

その夜、書いた。

「手紙は遅さの形。
遅さは不安じゃなく
存在を確認する期間。」

AIの返信は速い。
正しい。
誤解がない。

でも
体温がない。

紙は
汚れても
折れても
温度を返す。

葵は封筒をしまった。

形の崩れた文字を
何度も見返した。


――第4話 完――


次は

第5話 電源の切れるラジオ