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2112年。
コミュニケーションは
すべて最適化されていた。
AIは話題分析をし、
返答に必要な語彙を抽出し、
相手の心理状態に合わせて
返信の温度を調整する。
人はもう
手紙を書かなくてよかった。
いや、
書く必要がなかった。
◆ 葵の仕事
葵(あおい)は
「返信補助AI」の開発部にいた。
人の言語の癖を解析し
最も刺さらない形で
誤解を生じない返答を作る。
その精度は高く
クレームも激減した。
でもある日、
葵は疲れ果てて家に帰った。
AIが生成した文章を
1日中見続けたせいだ。
完璧だが
同じ香りの返事。
美しいが
温度のない文章。
そこに
人がいなかった。
◆ 引き出しから出てきた一通
祖母が昔書いたハガキがあった。
文字は曲がり
字間は不揃い
書き直した痕跡もある。
でも
読んだ瞬間に泣いた。
祖母は亡くなっている。
しかし
文字の揺れに
祖母の声の震えが残っていた。
“揺れ”は失敗でなく
存在の証拠だった。
葵はその夜
思い立ったように紙を買った。
◆ 葵は書いた
ペンを握ると
うまく文字が出ない。
強く押せば滲む。
弱く押せば線が薄い。
AIなら0.0001秒で完璧に書ける文を
葵は15分かけて一行ずつ書いた。
便箋は少しぐしゃっと折れた。
葵はそのまま封筒に入れた。
相手は幼なじみの玲(れい)。
最近
返信がすべてAI化していた友人。
◆ ポストに入れる
指先から離れる瞬間
不安が生まれる。
(変な文字じゃないか
伝わらないんじゃないか
間違えた文法が恥ずかしい)
その不安こそが
手紙を成立させていた。
◆ 6日後
返事が届いた。
玲の字は
以前より雑で
線が滲み
曲がっている。
読みながら泣いた。
手紙には
こう書いてあった。
「あなたの字を見たら
AIじゃ返せなかった」
「届く時間が長いって、安心するね」
葵は悟る。
手紙には
「届くまでの時間」が含まれている。
返信が遅れることが
丁寧さになることもある。
待つ時間が
関係そのものになる。
◆ 葵のメモ
その夜、書いた。
「手紙は遅さの形。
遅さは不安じゃなく
存在を確認する期間。」
AIの返信は速い。
正しい。
誤解がない。
でも
体温がない。
紙は
汚れても
折れても
温度を返す。
葵は封筒をしまった。
形の崩れた文字を
何度も見返した。
――第4話 完――
次は
第5話 電源の切れるラジオ
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