シンプルな未来で生きる10の話

第5話 電源の切れるラジオ

2118年。

情報は「切れない」ものになっていた。

配信用AIニュースは
視聴者の関心に合わせて常に更新し、
退屈する話題は自動スキップ、
刺激の強い話題は抑制し
ちょうどいい温度で流し続ける。

声の速さも
感情量も
理解度も
すべて調整される。

人間は考えずに受信できた。

世界は
気持ちよく聞ける情報だけが届く社会になっていた。


◆ 葵の祖父が持っていたもの

祖父の遺品から
古いラジオが出てきた。

電源ボタンが硬く
つまみは削れて
アンテナは片方折れている。

葵は電池を入れた。

「…ジッ……ジジッ……」

音は雑音だらけ。

合っている周波数がどこかわからない。

だが
雑音の向こう側に
言葉が微かに届く。

聞こえない。
しかし
確かに“誰かがいる”。

葵はつまみを回し続けた。


◆ ラジオは突然途切れる

適当に聞ける場所を見つけても
少し傾けると音が消える。

角度によって途切れ、
雑音になり、
不完全な音が戻ってくる。

葵は思った。

(情報って、本当はこういう状態で存在していたんだ)

受け取る側が
探しにいかないと届かない。

拾わないと成立しない。

聞こうとしないと聞こえない。

それは
能動の情報だった。


◆ AIニュースとの違い

AIは完璧に調整する。

「あなたが不快にならない音量」
「あなたが理解できる速さ」
「あなたが離脱しない話題」

しかし
それは同時に
“考えなくていい世界”だった。

ラジオは逆だった。

聞き取れないところは
想像が必要。

雑音は
欠落を生む。

話の続きは
推測するしかない。

葵は不便だと思いながら
心が動くのを感じた。

不完全な音には
想像力が伴う。


◆ 一週間後

葵は毎朝ラジオをつけた。

天気予報は聞こえたり聞こえなかったり。
音楽は途中で切れる。
DJの声は濁る。

でも
聞こえない間に
葵は想った。

—今日は晴れるだろうか
—あの音楽は続きがどうなるのだろう
—落ち着いた声の人だな

情報ではなく
思考が生まれた。

それは
AIニュースでは得られなかった感覚。


◆ ある朝のこと

放送が突然止まった。

電池が切れたのだ。

葵は慌てなかった。

再生されない音は
失われていた。

その静けさに
葵は思わず微笑んだ。

「終わりがあるって、落ち着くな」

情報が切れるのは
欠落ではなく
余白だった。

終わりがあるから
今が輪郭を持つ。


◆ 葵のメモ

その夜、書いた。

「完璧な情報は思考を奪う。
途切れる情報は余白を渡す。」

「聞こえない時間は
聞こえるまで待つ理由になる。」

ラジオは不正確。
古くて面倒。
雑音が多い。

でも
その雑音の奥に
“遠くの誰か”がいた。

不完全な距離感が
心地よかった。

ラジオは静かに止まったまま
机の上に置かれた。

葵はその沈黙を
受け入れた。


――第5話 完――


次は

第6話 治らない鉢植え