シンプルな未来で生きる10の話

第6話 治らない鉢植え

2120年。

植物でさえ「失敗しない」時代になっていた。

AI土壌モジュールは
水分量、栄養値、日照角度を自動調整し、

■ 枯れない
■ 伸びすぎない
■ 虫が付かない
■ 常に同じ色

という理想の状態を維持する。

花には「寿命」がない。
観葉植物は常に一定。

人は植物を飾るだけになった。

育てるという概念は薄れていた。


◆ 葵、道端で出会う

ある日の帰り道、
路地に弱った鉢植えが置かれていた。

葉は黄色く
茎は折れ
土は乾いている。

誰かが捨てたのか、
管理環境外の植物だった。

葵は近づき
思わず持ち帰った。

汚れた鉢。
欠けた縁。

それは
最新のものとは対極だった。


◆ 家に置く

AI鉢ではないので
何も反応しない。

アラートもない。
水加減の通知もない。

ただ沈黙していた。

葵は手で土を触った。

乾いてカサカサ。
冷たくない。

水を注ぐと
土が吸っていく音がした。

小さな音だった。

それだけで
生き物に触っている感覚が戻る。


◆ 一週間後

葉が1枚落ちた。

AI栽培なら
落ちない。

落ちる前に処置されるから。

葵はショックを受けたが
ふと気づいた。

「落ちたことが見えるということは
変化がそこにあるということ」

AI植物は
変化を起こさない。

そのため
人も変化に関わらない。

弱り
萎れ
枯れる気配があるのは
向き合う理由になる。


◆ 二週間後

新しい芽が出た。

ほんの2ミリ。

葵は指で触れ
驚いた。

「触れるって、怖いけど嬉しいんだ」

もし折れたらどうしよう。
もし枯れたらどうしよう。

その不安は
存在の証明でもあった。

葵は毎日
水を少しずつ足した。


◆ 友人が訪ねてくる

友人

「AI鉢にすればいいのに」

「枯れる可能性がある方がいい」

友人

「意味ある?」

「あるよ。
終わる可能性があるから
ちゃんと見れる」

友人は黙った。


◆ 一か月後

葉は三枚増え
茎が持ち直した。

葵は
ふと気づく。

AI植物は
増えないし減らない。

定義された最適値に到達したら
変わらない。

しかし
変わらないものは
思い出にならない。

弱ったり
立ち直ったりするものは
記憶が残る。


◆ 葵のメモ

その夜、書いた。

「治らない可能性を抱えた植物は
育てる理由になる。」

「不完全だから
今日見に行く理由が生まれる。」

完璧な植物は便利だ。
手間を取らない。
裏切らない。

しかし
向き合う余白がない。

葵は
その小さな鉢を
陽の当たる窓辺に置いた。

それが
今の自分の立ち位置と重なった。


――第6話 完――


次は

第7話 壊れた傘