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2120年。
植物でさえ「失敗しない」時代になっていた。
AI土壌モジュールは
水分量、栄養値、日照角度を自動調整し、
■ 枯れない
■ 伸びすぎない
■ 虫が付かない
■ 常に同じ色
という理想の状態を維持する。
花には「寿命」がない。
観葉植物は常に一定。
人は植物を飾るだけになった。
育てるという概念は薄れていた。
◆ 葵、道端で出会う
ある日の帰り道、
路地に弱った鉢植えが置かれていた。
葉は黄色く
茎は折れ
土は乾いている。
誰かが捨てたのか、
管理環境外の植物だった。
葵は近づき
思わず持ち帰った。
汚れた鉢。
欠けた縁。
それは
最新のものとは対極だった。
◆ 家に置く
AI鉢ではないので
何も反応しない。
アラートもない。
水加減の通知もない。
ただ沈黙していた。
葵は手で土を触った。
乾いてカサカサ。
冷たくない。
水を注ぐと
土が吸っていく音がした。
小さな音だった。
それだけで
生き物に触っている感覚が戻る。
◆ 一週間後
葉が1枚落ちた。
AI栽培なら
落ちない。
落ちる前に処置されるから。
葵はショックを受けたが
ふと気づいた。
「落ちたことが見えるということは
変化がそこにあるということ」
AI植物は
変化を起こさない。
そのため
人も変化に関わらない。
弱り
萎れ
枯れる気配があるのは
向き合う理由になる。
◆ 二週間後
新しい芽が出た。
ほんの2ミリ。
葵は指で触れ
驚いた。
「触れるって、怖いけど嬉しいんだ」
もし折れたらどうしよう。
もし枯れたらどうしよう。
その不安は
存在の証明でもあった。
葵は毎日
水を少しずつ足した。
◆ 友人が訪ねてくる
友人
「AI鉢にすればいいのに」
葵
「枯れる可能性がある方がいい」
友人
「意味ある?」
葵
「あるよ。
終わる可能性があるから
ちゃんと見れる」
友人は黙った。
◆ 一か月後
葉は三枚増え
茎が持ち直した。
葵は
ふと気づく。
AI植物は
増えないし減らない。
定義された最適値に到達したら
変わらない。
しかし
変わらないものは
思い出にならない。
弱ったり
立ち直ったりするものは
記憶が残る。
◆ 葵のメモ
その夜、書いた。
「治らない可能性を抱えた植物は
育てる理由になる。」
「不完全だから
今日見に行く理由が生まれる。」
完璧な植物は便利だ。
手間を取らない。
裏切らない。
しかし
向き合う余白がない。
葵は
その小さな鉢を
陽の当たる窓辺に置いた。
それが
今の自分の立ち位置と重なった。
――第6話 完――
次は
第7話 壊れた傘
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