ぼくは最初、
テレビというものの存在を疑った。
これは本当にあったのか?
都市伝説じゃないのか?
だって……
1. 同時刻視聴という謎の集団儀式
2025年のテレビは、
決められた時刻に始まる。
番組は19:00に始まり、
19:00から見ないといけない。
ぼくは叫んだ。
は???
ぼくの友達(2055年基準):
「見たい時に再生しなかったの?」
ぼく
「無理だったらしい」
友達
「巻き戻しは?」
ぼく
「できなかったらしい」
友達
「……え?」
ぼく
「録画してたらしい」
友達
「恐竜時代かよ!!」
2. リモコンという謎の操作棒
資料にこうあった。
リモコンでチャンネルを切り替える
ぼくはそれを見て爆笑した。
チャンネルってなに!?
本当にあったUI:
[1][2][3][4][5][6][7][8][9]
ぼく
「押すたびに番組が変わるらしい」
友達
「それロシアンルーレットじゃん」
3. CM中にトイレへダッシュ文化
2025年の家族:
母
「CM入った!今トイレ行ってきなさい!」
父
「急げ急げ!!」
兄
「お茶取ってきて!」
5歳児
「待って〜〜〜!!!」
ぼくは理解した。
これはもう、
スポーツだ。
4. 「視聴率」という謎の数字
資料に書いてあった:
視聴率が高い番組が良い番組とされた
ぼく
「つまり……
人が見てると“価値がある”ってこと?」
先生(2055年の歴史教師)
「うむ」
ぼく
「でも見てるだけじゃん?」
先生
「うむ」
ぼく
「なんで価値があるの?」
先生
「……文化だからじゃないか?」
ぼく
「宗教か?」
5. 家族が同じ番組で笑っていた
でもね……
古い映像を見ると
ちょっと胸が温かくなる。
家族が同じ部屋で
同じ画面を見て
同じタイミングで笑って
同じシーンで驚いて……。
あの感じ。
2025年の子どもの証言:
「父ちゃんが自分と同じタイミングで笑うのが嬉しかった」
別の証言:
「同じ時間を一緒に過ごしてる感じがした」
ぼくは気づいた。
テレビってね……
画面を見る道具じゃないんだよ。
人と時間を共有する道具だったんだ。
6. レンの結論
ぼくはレポートの最後にこう書いた。
2025年のテレビは、不便で古くて自由がなかった。
でも、人が人と繋がるための場だった。
その画面は、“心の焚き火”みたいなものだった。
今の2055年は
みんな自分の意識の中で
個人的に映像を見る。
一緒に観る必要はない。
だから、一緒に驚くこともない。
でも2025年の家族は
同じ部屋で
同じ画面を見て
同時に笑ったり泣いたりしてた。
その時間はきっと……
今では持てない宝物かもしれない。
■ 第3話 完
次は
第4話:「働かないと生きられない」ってホラーですか?
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